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最高裁判所第一小法廷 平成元年(行ツ)28号 判決

グレートブリテン・イングランド・バークシヤ・レデイングアールジー一八

デイーエヌ・ウオーターマンプレイス・ケーブルズハムブリツジハウス

旧商号

メタル・ボツクス・パブリツク・リミテッド・カンパニー

上告人

エム・ビー・グループ・ピーエルシー

右代表者

ロバート・アンソニー・オーエン

右訴訟代理人弁理士

若林拡

右訴訟復代理人弁理士

柿本邦夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 吉田文毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第七一号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年九月二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人若林拡、同柿本邦夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一)

(平成元年(行ツ)第二八号 上告人 エム・ビー・グループ・ピーエルシー)

上告代理人若林拡、同柿本邦夫の上告理由

一 原判決は、以下の点において、法令の解釈適用を誤り、経験則に反する判断を下しており、判決に影響を及ぼす事項の判断に重大なる法令の違背があるから、破棄を免がれないものである。

1 原判決は、物品の用途、機能から生ずる必然的形状を意匠の創作部分として認めて類否判断した結果、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

2 原判決は、意匠の要部観察を誤り、意匠の要部となりえる部分を単なる微差ときめつけ類否判断した結果、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

3 原判決は、理由不備又は理由に齟齬があると認められる。

二 上告理由第一点

意匠法第三条第一項第三号は、その登録出願前において公然知られた意匠、又は刊行物に記載された意匠と同一又は類似する意匠は、当該公知等の意匠が発揮している美的特徴と同一の特徴を発揮するものであって、同一の意匠の創作の範囲に属することから、前者の意匠を保護するために、公知等の意匠と同一又は類似する意匠は登録しない旨の規定である。

従って、意匠が類似するか否かの判断は先ずその物品における意匠の創作の要部即ち意匠の美的特徴を的確に把握しなければならないのである。

この場合、意匠の構成部分中に、公知であってありふれた形状部分、その物品の用途、機能に伴う必然的形状にすぎないような部分を含む場合は、それ自体は意匠的に何等美的特徴を有するものではないから、意匠の類否判断に当っては、これを重視して要部とすることはできないことは軽験上明らかであり、意匠の類否判断にあっては、これを基礎としてこれにいかなる意匠的創作が両者に加えられているかを検討しなければならない。

然しながら、原判決は、本願意匠及び引用意匠に係る物品である罐の用途、機能に伴う必然的形状が一致するという理由で、他の特徴ある意匠的工夫、創作を考慮することなく、両意匠は類似するとの結論を導き出したものであり、明らかに意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであって、その理由中には判決に及ぼすことの明らかな重大なる法令違背がある。

即ち、本件意匠及び引用意匠に係る物品である罐は、清涼飲料水等の液体を収容する容器として広く認識されており、その類否の考察にあたっては、罐の用途及び機能及び罐を一体成型して製造する際に必然的にもたらされる形状は意匠の支配的要素と解すべきではなく、これを基礎としてこれにいかなる意匠的創作が加えられているかを検討する必要がある。

清涼飲料水等の液体を収容する円柱形状の罐は、飲料用の罐の用途、機能から、罐の側面形状は略長方形に、平面及び底面形状は円形として比較的単純な基本的な円柱形状を備えており、また当該上端には蓋体を嵌着させるための凹弧状のくびれ部が設けられ、開口部はラッパ状に広げられ、更に一体成型して製造する際に必然的に底部に僅かな曲げ加工による絞りが生ずるものである。

従って、罐における当該形状は、飲料用の罐の用途、機能から必然的にもたらされるものであって、これらの形状は意匠の支配的要素と解すべきではないものである。

然しながら、原判決は、「両意匠は、胴部を長円筒状とし、首部をやや凹弧面状に絞り、上端の開口部をややラッパ状に広げた基本的構成態様及び底部寄りの周縁をやや絞った具体的構成態様を挙げて、本願意匠と引用意匠との基本的構成態様及び具体的構成態様において一致し、・・・」(原判決第一六丁裏第一一行乃至第一七丁表第三行)、「本願意匠と引用意匠の一致点であること当事者間に争いのない前示基本的構成態様及び具体的構成態様は両意匠において見る人の目を最も引くところであり、両意匠の美観を決定する要部として把握すべきところと認められる。」(原判決第一九丁裏第四行乃至第八行)と判示し、本願意匠及び引用意匠中要部でない部分を要部と解することにより、意匠の要部観察を誤り、これがために、他の特徴ある意匠的工夫、創作がなされた要部となるべき部分を見過し、これを考慮することなく、両意匠は類似するとの結論を導き出したものであって、明らかに意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

即ち、原判決がいう基本的構成態様及び具体的構成態様は、通常の飲料用罐に見受けられる一般的な構成にすぎず、その構成自体何ら特徴的なものではない。このような部分はその物品自体の必然的要部となりえても、意匠の類否判断の対象となる意匠の要部とはなりえないことから、本願意匠と引用意匠はその用途機能からもたらされる必然的形状において共通するといえども、このような部分の形状は看者の関心や注意を惹くこともないことから、意匠の類否判断においては、その意匠的評価は低くみるべきである。

三 上告理由第二点

原判決は、意匠の要部観察を誤り、意匠の要部となりえる部分を単なる微差ときめつけ類否判断した結果、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

即ち、原判決は本願意匠の肩部、底部、上端開口部において、引用意匠とは全く別異の看者が注目しやすい意匠的工夫創作が存在しながら、その相違を全く認めず、また単なる微差と判断した結果、両者における「罐」の用途機能からもたらされる必然的形状において基本的構成を共通することを理由に、本願の意匠は全体として引用意匠に類似するとしており、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであるから、その理由中には、判決に及ぼすことの明らかな重大なる法令違反がある。

本願意匠と引用意匠における「罐」の特質から、これに意匠を創作するといっても限界があり、公知の意匠とある程度の共通性を有することは避けられないものであり、従って、このような必然的形状を基礎として、一つの物品の外観から意匠創作の要部を把握するとともにこの要部によって発揮されている美観を受得するという観察作業を行うことによって意匠の類否判断が正しく行われるのである。

然しながら、原判決は本願意匠には次のような看者の注意を引き、類否判断を左右するほどの美観を起させる部分が存在しながら、その部分を単なる微差に過ぎないとの誤った判断を下し、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

即ち、本願意匠と引用意匠とは、その用途、機能からもたらされる物品の持つ必然的形状において共通しているといえども、そのような共通点を越えて看者の美観に訴える意匠的工夫創作に全く別異のものがあるから、両者は類似しないものである。

(一)本願意匠と引用意匠における罐の形状

原判決は、「本願意匠において、罐の上部は長円筒状の胴部外面の沿直線を基準に内方へ約三〇度弱の角度で傾斜して肩部を形成した後に外方へ再傾斜して胴部直径の約九四%の径の開口部を形成し、下部は胴部外面の沿直線を基準に内方へ約四〇度の角度で傾斜して逆円錐形状の底部(底部直径は胴部直径の八七%)を形成したものと認められる。」と認定し、「引用意匠において、罐の上部は長円筒状の胴部外面の沿直線を基準に内方へ丸面状に傾斜して肩部を形成した後に外方へ再傾斜して胴部直径とほぼ等しい径の開口部を形成し、下部は胴部外面の沿直線を基準に内方へ僅かに丸面状に絞られて胴部直径よりやや小さな径の底部を形成したものと認められる。」(原判決第一六丁表第七行乃至同丁裏第一七丁表第九行)と判示し、このことから本願意匠と引用意匠の一致点によれぼ、両意匠に、〈1〉胴部を長円筒状とし、〈2〉首部をやや凹弧面状に絞り、〈3〉上端の開口部をややラッパ状に広げた基本的構成態様及び〈4〉底部寄りの周縁をやや絞った具体的構成態様において一致し、このことを根拠に両意匠は類似していると認定するに至っているが、斯かる個所は通常の罐に見受けられる一般的な構成にすぎず、その構成自体何ら特徴的なものではない。

即ち、罐の側面形状は略長方形に、平面及び底面形状は円形として比較的単純な基本形状を備えており、また当該上端には蓋体を嵌着させるための凹弧状のくびれ部が設けられ、開口部はラッパ状に広げられ、更に一体成型して製造する際に必然的に底部に僅かな曲げ加工による絞りが生ずるものである。

従って、このような「罐」の特質から、これに意匠を創作するといっても限界があり、公知の意匠とある程度の共通性を有することは避けられないものである。

(二)本願意匠と引用意匠の相違点について

〈1〉「開口部の直径」の差異について、

原判決は本願意匠は胴部直径の約九四%の径の開口部を形成し、引用意匠は胴部直径とほぼ等しい径の開口部を形成していると認定した結果、「開口部の直径の差異は、引用意匠が開口部直径を胴部直径とほぼ等しく形成したのに対し、本願意匠がその開口部直径を胴部直径より約六%小さく形成したことに由来する差異に過ぎず、・・・微差というべきものである。原告主張の開口部内径の差異を考慮しても、これをもって、両意匠に別異の美観を生じさせるに足る差異と認めることはできない。」(原判決第一七丁表第八行乃至同丁裏第五行)と判示しているが、本願意匠及び引用意匠は、共に上端の開口部をラッパ状に広げているものであるが、甲第二号証の平面図からすれば本願意匠の開口部の内径は、胴体部の直径を1とすると0.82であり、胴体部の直径に比し二割程度小さいことから、看者において与える影響は極めて強いものである。

更に、本願意匠においては肩部が存在していることから、当該差異が明確に現われる結果、引用意匠における胴部直径と略等しい開口部と本願意匠における開口部とでは、明らかに別異の美観を生じさせるものである。

尚、罐の開口部は清涼飲料水等の液体を収容し、上端に蓋体を嵌着させるためにラッパ状に広げられており、このこと自体、単なる用途機能からもたらされる必然的形状に過ぎない。

〈2〉「肩部」の差異について、

原判決は「引用意匠において、罐の上部は長円筒状の胴部外面の沿直線を基準に内方へ丸面状に傾斜して肩部を形成し・・・」(原判決第一六丁裏第四行乃至第六行)とし、引用意匠にも「肩部」が存在すると認定し、「肩部を形成している斜面は胴部外面の沿直線を基準に内方へ約三〇度弱の角度で傾斜させたものであり、・・・引用意匠の肩部の形状と比較すれば、・・・本願意匠はこれを角面状としているのに対し、引用意匠は丸面状としている差異に帰着するものと認められる。」(原判決第一七丁裏第一一行乃至第一八丁表第七行)と判示している。

しかし、本願意匠は傾斜して肩部を形成しているが、引用意匠の罐の上部は本願意匠のように胴体部外方から内方へ傾斜していない結果、本願意匠のような「肩部」は形成されておらず、単に首部周縁にやや凹弧面状に絞ったくびれ部が設けられているにすぎない。

つまり、原判決が判示する引用意匠における「肩部」とは、胴体部外方から当該くびれ部に至るに際し、一体成型して製造する際に必然的にもたらされる極めて僅かな曲げ加工部分であって、当該部分は長円筒状の胴部外面の沿直線を基準に内方へ丸面状に傾斜しておらず、何等「肩部」と認識できる部分は設けられていないものである。

また、原判決自ら、引用意匠は胴部直径とほぼ等しい径の開口部を形成しと判示している点からも、胴体部から開口部に至る部分に肩部が形成されていないことは明白であり、この点、原判決は論理矛盾しているものである。

これに対し、本願意匠の開口部の内径は、胴体部の直径を1とすると0・82であり、胴体部の直径に比し二割程度小さいことから、胴体部から開口部に至る部分に肩部が形成されていることは明らかである。

従って、原判決は当該部分において、本願意匠と引用意匠とは明らかに別異な美観が生じているにも拘わらず、引用意匠にも本願意匠と同様な「肩部」が存在すると判示した結果、引用意匠と本願意匠との類否判断を誤ったものである。

尚、罐の首部をやや凹弧面状に絞ることは、上端に蓋体を嵌着させるために行われるものであって、このこと自体、単なる用途機能からもたらされる必然的形状に過ぎない。

また、本願意匠においても、肩部を形成した後に、首部をやや凹弧面状に絞っていることは、原判決別紙(一)の図面からも明らかである。

〈3〉「底部の周縁」の差異について、

原判決は「本願意匠において、・・・下部は胴部外面の沿直線を基準に内方へ約四〇度の角度で傾斜して逆円錐形状の底部(底部直径は胴部直径の八七%)を形成したものと認められる。」および、「引用意匠において、・・・下部は胴部外面の沿直線を基準に内方へ僅かに丸面状に絞られて胴部直径よりやや小さな径の底部を形成したものと認められる。」と判示している。

然し、引用意匠の底部周縁は、わずかに丸面状に絞られているというよりも、当該個所は罐における胴体部と底部を一体成型して製造する際に必然的にもたらされる極めて僅かな曲げ加工部分にすぎず、特に引用意匠の下部は、本願意匠のような逆円錐台形状を形成していないものである(傾斜部が設けられていない)。

即ち、「絞られている」という言葉を使用すれば、本願意匠の底部周縁は強弱を設けて二段に亘って絞られているということになる。この強弱を設けた二段の絞りによって、本願意匠の下部が逆円錐台形状を形成することになり(傾斜部を設けている)、この逆円錐台形状に本願意匠の意匠的工夫、創作の一つがなされており、引用意匠に係る製造工程(曲げ加工)において必然的にもたらされる下部形状(傾斜部を設けていない)とは明らかに別異な美観を惹起させるものである。

よって、「底部周縁」は罐における胴体部と底部を一体成型して製造する際に必然的にもたらされる極めて僅かな曲げ加工部分にすぎないものであって、「罐」における一般的な基本的構成にすぎず、その構成自体何ら特徴的なものではなく、本願意匠にも当該部分が存在することは当然である。

従って、原判決は当該部分において、本願意匠と引用意匠とは明らかに別異な美観が生じているにも拘わらず、本願意匠の底部周縁の特徴を看過した結果、引用意匠と本願意匠との類否判断を誤ったものである。

〈4〉「側面形状」の差異について、

原判決は、「引用意匠も肩部、胴体部、下部の三つの部位に区別されることは明らかである。」(原判決第一八丁裏第二行乃至第四行)と判示している。

清涼飲料水等の液体を収容する罐は、自動販売機等の販売方法、使用の常態からいって、側面横から観察されることが最も多いものであり、看者は前記差異を有する三つの部位の形状に最も引き付けられやすいものである。

すると、前記の〈1〉乃至〈3〉に詳述したように、引用意匠には肩部が形成されていないこと、また肩部と下部の胴体部外方から内方へ向って傾斜面を有していないことから肩部と胴体部、胴体部と下部の境に本願意匠のようなエッジが形成されていないこと、更に底部の直径は胴体部の直径と同一であると認識されることから、引用意匠は本願意匠のように罐全体を観察した場合、肩部、胴体部及び下部の三つの部分に明確に区別することはできないものである。

従ってこの点からしても、全体的な美的特徴は相違するものである。

(三) 本願意匠と引用意匠との非類似性

繰り返すが、本件意匠及び引用意匠に係る物品である罐は、清涼飲料水等の液体を収容する容器として広く認識されており、その類否の考察にあたっては、罐の用途及び機能及び罐を一体成型して製造する際に必然的にもたらされる形状は意匠の支配的要素と解すべきではなく、これを基礎としてこれにいかなる意匠的創作が加えられているかを検討する必要がある。

即ち、罐の側面形状は略長方形に、平面及び底面形状は円形として比較的単純な基本形状を備えており、また当該上端には蓋体を嵌着させるための凹弧状のくびれ部が設けられ、開口部はラッバ状に広げられ、更に一体成型して製造する際に必然的に底部に僅かな曲げ加工による絞りが生ずるものである。

従って、このような「罐」の特質から、これに意匠を創作するといっても限界があり、公知の意匠とある程度の共通性を有することは避けられないものである。

原判決は外観上、もっとも看者の目に付く意匠の主要部と認められる部分を軽視し、ありふれて創作力がなく、何等美観を起させるに足りない物品の持つ必然的形状を重視しするあまり、個々に創作力があり、美観を生ずる部分である要部を看過した結果、経験則または判例を無視し、意匠法第三条の解釈の適用を誤ったものである。

即ち、本願意匠と引用意匠の相違は、全体として顕著な特異性を有するものでありながら、このような相違は単に部分的な軽微な相違に過ぎないと見ることはできず、むしろ意匠の重要な要素に関するものであって、このような相違の各所は全体観察をしても十分類似の域を脱しているものである。

原判決は、「〈1〉胴部を長円筒状とし、〈2〉首部をやや凹弧面状に絞り、〈3〉上端の開口部をややラッパ状に広げた基本基本的構成態様と、〈4〉底部寄りの周縁をやや絞った具体的構成態様は両意匠において見る人の目を最も引くところであり、両意匠の美観を決定する要部として把握すべきものと認められるとし、「開口部の直径」の差異については微差に過ぎないと、「肩部」、「底部の周縁」の差異は要部を共通にする構成態様のうちにあっては、両意匠に共通する美観を左右するに足りる顕著な差異ということはできず、結局、両意匠は類似の意匠と認めるのが相当である。」と判示するに至ったが、斯かる原判決が認定した基本的構成態様及び具体的構成態様は、通常の罐に見受けられる一般的な構成にすぎず、その構成自体何ら特徴的なものではないのである。

然し乍ら、原判決は前述の如く本願意匠の肩部、底部、上端開口部において、引用意匠とは全く別異の看者が注目しやすい意匠的工夫創作が存在しながら、その相違を全く認めず、また単なる微差と判断した結果、両者における「罐」の用途機能からもたらされる必然的形状において基本的構成を共通することを理由に、本願の意匠は全体として引用意匠に類似するとしており、原判決は意匠の要部観察を誤り、意匠の要部となりえる部分を単なる微差ときめつけ類否判断した結果、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

即ち、両意匠は、それぞれ全体として観察する場合、その間に前認定のような差異があり、本願意匠は、このため、前掲共通点にかかわらず、引用意匠とは異なる美観を見るものに与えるものであると認めるを相当とするから、両意匠間に前掲の共通点があるからといって、直ちに本願意匠をもって引用意匠と類似するものとするることはできない。

四 上告理由第三点

原判決は、次の点において、理由不備又は理由に齟齬があると認められる。

意匠は、物品の形状、模様、色彩、又はこれらの結合であって、視覚を通じて人に美観を起させるものであり、意匠が類似するか否かの判断は、意匠を現わすべき物品自体の性質、特徴を理解し、その物品の意匠における従来からの傾向を見極め、その意匠の創作がどこにあるかを検討し、看者に強い印象を与える程度の意匠上の差異があるかどうかを検討しなければならないものである。

然しながら、原判決は本願意匠の肩部、底部、上端開口部において、引用意匠とは全く別異の看者が注目しやすい意匠的工夫創作が存在しながら、その相違を全く認めず、また単なる微差と判断した結果、両者における「罐」の用途機能からもたらされる何等意匠の創作的特徴のない必然的形状において基本的構成を共通することを理由に、本願の意匠は全体として引用意匠に類似すると判示しており、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであるから、その理由中には、判決に及ぼすことの明らかな重大なる法令違反がある。

更に、どのような部分に意匠の創作的特徴があり、意匠全体に影響を及ぼし、類否判断を作用するほどの支配的要素として重視され得るか否かは、特許庁における登録例において明確にされるべきところ、原判決は「原告引用の意匠登録例が右判断を左右するに足りる資料とはならないことは自ら明らかである。」と判示するだけに留り、このような登録例にもかかわらず、原判決の判断がなし得るのか、その過程が判決に影響を与える最も重大な理由となるべきところ、この点に関し、原判決は何ら判示するところがない。

従って、このような点を検討することなく、両意匠が類似するとしたことは理由の体を成さないものである。

即ち、特許庁の類否判断においても、

(一)引き輪杆付蓋を被せた円筒状の包装用びんにおいて、上端開口部周縁及び底部周縁の形状が同一でありながら、その上部及び中間部の周縁がやや下幅広の斜状面を、上部から中間部に至る形状が下細の斜状面を形成し、中間部で上下二段に区画された意匠登録第六二一九七四号(甲第四号証)と上部から中間部に至る形状が緩やかな凸弧面状を形成し、中間部で上下二段に区画された意匠登録第六二一九七五号(甲第五号証)が各々独立して登録されている事実

(二)上部形状及び胴部上端の周縁にくびれ部を設けた形状を共通にした包装用噴霧器において、

〈1〉胴部の中央から下端に向け僅かに先細り状とし、下部に凸面状の周縁部を設けた意匠登録第六七五〇二四号(甲第六号証)

〈2〉胴部の高さの約三分の一の両側から内方へ僅かにくびれさせ、下端に向け僅かに幅広とし、下端の周縁にくびれ部を設けた意匠登録第六七五〇二五号(甲第七号証)

〈3〉胴部上端から胴部の高さの約三分の一まで緩やかな凸弧面状とし、胴部の高さの約三分の一から下端に向け緩やかな曲面を描き、高さの約四分の三から底部にかけて僅かに先細り状とした意匠登録第六七五〇三一号(甲第八号証)

〈4〉胴部の高さの約一二分の一の両側から内方へ僅かにくびれさ、下端に向け僅かに幅狭とした意匠登録第六七五〇三二号(甲第九号証)

〈5〉胴部の中央部分に上部と下部の区切部を設け、下部は上部より僅かに直径を大きくし、下端の周縁にくびれ部を設けた意匠登録第六七五〇三三号(甲第一〇号証)

が何等類似とされることなく各々独立して登録されている事実

以上の登録例は、意匠に係る物品の用途機能からもたらされる一般的な形状は意匠の支配的要素と解すべきではなく、これを基礎としてこれにいかなる意匠的創作が加えられているかを検討することによって登録されたものである。

即ち、当該登録例は、特定の物品に対して新しい外観を創作して構成する場合、その構成はその物品の機能から本来固有している基本的な形態による制約を受けるものであり、この場合の単純な周知な形状は一般の需要者の注意を引くことはないため要部となり得ず、これを基礎として意匠的創作を判断しなければならないことの証左である。

五 結論

以上、上告理由の第一点及び第二点で述べたとおり、本願意匠と引用意匠とはその、「開口部の直径」、「肩部」、「底部の周縁」において形状が特に大きく相違し、このことが六面の中でも側面形状が最も看者の注意をひく箇所である罐においては重要な意味を有するものである。

即ち、両意匠を側面から観察した場合、本願意匠は円柱形状の上部に円錐台形を下部に逆円錐台形をそれぞれ合体させたような形状に認識されるのに対し、引用意匠は従来より知悉されている罐と同様にほぼ円柱形状に認識される。

しかも、肩部と下部には外側から内側へ共に大きく傾斜している傾斜面を有し、肩部と胴体部、胴体部と下部の境にエッジが形成され、罐全体を観察した場合、エッジによって肩部、胴体部及び下部の三つの部分に明確に区別されるが、引用意匠は胴体部のみが強調され、本願意匠のように罐を三つの部位に区別することはできない。

このように、本願意匠と引用意匠は明確な相違を有することにより、明らかに異なった印象を看者に与えるものであるにも拘わらず、前記の一致点を凌駕して看者に別異感を与えるほどには未だ至っていないとして、本願意匠は全体として引用意匠に類似するとした原判決は、、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであるから、原判決は、民事訴訟法第三九四条の規定に該当し、その判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるとともに、上告理由第三点において述べたとおり同法第三九五条第一項第六号にいう理由不備又は理由に齟齬があると確信し、此処に上告理由を開陳し、最高裁判所の適正な判断を仰ぐ次第である。

以上

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